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日本を今一度せんたくいたし申候

time 2018/07/04

日本を今一度せんたくいたし申候

有名な坂本龍馬の名言の1つですね。こちらは龍馬が文久3年(1863)に姉の乙女あてに送った手紙の中で使われた表現です。龍馬が勝海舟の弟子入りして、神戸の海軍塾を創設に向けて実務を担当しはじめたころに送られてものになります。

申し候  読み方・意味

よく「申し候」「申候」の読み方がわからないという検索を見つけますが、「もうしそうろう」です。
意味はあまりなく、現在の「です」と思ってください。

日本を今一度せんたくいたし申候の意味

日本を洗濯したいです

本当のニュアンスは?

これ、名言のように扱われていますが、原文を見るとそうでもないのです!
原文を抽出しましょう。

原文

龍馬二三家の大名とやくそくをかたくし、同志をつのり、朝廷より先ヅ神州をたもつの大本タイホンをたて、夫より江戸の同志(はたもと大名其余段々)と心を合セ、右申所の姦吏を一事に軍いたし打殺、日本ニツポンを今一度せんたく(洗濯)いたし申候事ニいたすべくとの神願ガンニて候。

意味・訳

龍馬は2,3の大名(福井藩の松平春嶽)と固い約束をして、同志を集めて、朝廷っもまずこの神の国を滅ぼさぬ大方針を立て、江戸の同志旗本大名そのほかと心をあわせて、いまいった悪い役人と一度戦って撃ち殺し、この日本をもう一度選択しようということを神様にお願いしたい気持ちです。

そうわかりますかね、みなさん「日本を今一度せんたくいたし申候」だけを取ってまるで、龍馬自身が日本を洗濯してやる!といったと思っておりますが、実は神にお願いしているだけです。しかもこのころはバリバリの攘夷思想であった龍馬は、異国打つべしというのがこの一文からでもわかります。名言でも何でもないわけです。

手紙の原文すべて

坂本龍馬 手紙 文久三年六月二十九日 坂本乙女あて

この文ハ極(ごく)大事の事斗(ばかり)ニて、
け(決)してべちや/\シャベクリ(饒舌)にハ、
ホヽヲホヽヲいややの、けして見せら
れる(ぬ)ぞへ
六月廿日あまりいくか(幾日)ゝけふのひハ忘れたり。一筆さしあげ申候。先日杉の方より御書拝見仕候。ありがたし。
私事も、此せつハよほどめ(芽)をいだし、一大藩ひとつのをゝきな大名によく/\心中を見込てたのみにせられ、
今何事かでき候得バ、二三百人斗ハ私し預候得バ、人数きまゝにつかひ申候よふ相成、金子などハ少し入よふ(用)なれバ、
十、廿両の事は誠に心やすくでき申候。

然ニ誠になげくべき事ハながと(長門)の国に軍ユクサ初り(ママ)、後月より六度の戦に日本甚ハナハダ利すくなく、
あきれはてたる事ハ、其長州でたゝかいたる船を江戸でしふく(修復)いたし又長州でたゝかい申候。

是皆姦吏カンリの夷人イジンと内通ナイツウいたし候ものニて候。右の姦吏などハよほど勢もこれあり、大勢ニて候へども、
龍馬二三家の大名とやくそく(約束)をかたくし、同志をつのり、朝廷より先ヅ神州をたもつの大本タイホンをたて、夫より江戸の同志(はたもと大名其余段々)と心を合セ、

右申所の姦吏を一事に軍いたし打殺、日本ニツポンを今一度せんたく(洗濯)いたし申候事ニいたすべくとの神願ガン[#「願」の左に「ネガイ」のルビ]ニて候。
此思付を大藩にもすこむ(頗)る同意して、使者シシヤを内ナイ※(二の字点、1-2-22)下サルヽ事両度。然ニ龍馬すこしもつかへをもとめず。実に天下に人ぶつのなき事これを以てしるべく、なげくべし。

○先日下され候御文の内にぼふず(坊主)になり、山のをくへでもはいりたしとの事聞へ、ハイハイヱヘンをもしろき事コト兼而カネテ思ひ付おり申候。
今時ハ四方そふぞ(騒々)しく候得ども、其ぼふずになり太極※(二の字点、1-2-22)(はなはだごくごく)のくされ/\たルけさごろも(袈裟衣)をかたにかけ、
諸国あんぎや(行脚)にでかけ候得バ、西ハながさき(長崎)より東ハまつまへ(松前)よりヱゾ(蝦夷)までもなんでもなく、道中銀ハ一文も用意におよばず。

それをやろふと思へバ先つねのシンゴンしう(真言宗)のよむかんをんきよふ(観音経)イツカヲしう(一向宗)のよむあみだきよふ(阿弥陀経)、
これハちとふしがありてむか(づ)しけれど、どこの国ももんと(門徒)がはやり申候あいだ、ぜひよまねバいかんぞよ。おもしろや/\、をかしや/\。
夫よりつねにあま(尼)のよむきよふ(経)一部、それでしんごんの所へいけバしんごんのきよふ、
いつかふしうゑいけバいつかふしうのきよふをよみ(これハとまるやどの事ニて候。ほふだんのよふな事もしんらんしよふにんのありがたきおはなしなどする也。)いたし、まち(町)を。
ひる。おふらい(往来)。すれバきよふ(経)よみ/\ゆけバ、ぜに(銭)ハ十分とれるなり。これをぜひやれバ。しつかり。をもしろかろふと思ひ申候。なんのうきよ(浮世)ハ三文五厘よ。
ぶんと。へ(屁)のなる。ほど。やつて見よ。死だら野べのこつハ白石(チヽリや[#改行]チリ/\)

此事ハ必/\一人リでおもい立事のけして相アイならず候。一人リでいたりやこそ(龍ハはやしぬるやらしれんきにすぐにとりつく。)
それハ/\おそー(ママ)しいめを見るぞよ。これをやろふと思へヱバよく人の心を見さだめなくてハいかん。おまへもまだわか(若)すぎるかと思ふよ。
又けしてきりよふ(器量)のよき人をつれになりたりいたしたれバならぬ事なり。ごつ/\いたしたるがふぢよふばんバ(強情老婆)のつよ(強)ばんバでなけれバいかん。
たんほふ(短砲)。をバ。さんゑぶくろ(三衣袋)の。内にいれ、二人か三人かででかけ万マンマン一の時ハ、グワンとやいて、とふぞく(盗賊)の金玉までひきたくり申候。

○私しおけ(決)してながくあるものとおぼしめしハやくたい(益体)ニて候。然ニ人並ナミのよふに中めつたに死なふぞ/\。
私が死日シヌルヒハ天下大変にて生ておりてもやくにたゝず、おろん(ママ)ともたゝぬよふニならねバ、中こすいいやなやつで死シニワハせぬ。
然ニ土佐のいもほり(芋掘)ともなんともいわれぬ、いそふろ(居候)に生ウマレて、一人の力で天下うごかすべきハ、是又天よりする事なり。
かふ申てもけして/\つけあがりハせず、ますますすみかふて、どろの中のすゞめがい(蜆貝)のよふに、常につちをはなのさきゑつけ、すなをあたまへかぶりおり申候。御安心なされかし。
穴かしこや。
弟 直陰

大姉 足下
今日ハ後でうけたまハれバ六月廿九日のよし。天下第一おふあら(大荒)くれ先生を初めたてまつり、きくめ(菊目)石の御君ニもよろしく、むバ(乳母)にもすこしきくめいしの下女(とくますやへいてをりた[#改行]にしざいごのこんやのむすめ)にもよろしく、[#上部欄外に「じうもんじカ」]そして平井の収次郎ハ誠にむごい/\。いもふと(妹)おかを(加尾)がなげきいか斗か、ひとふで私のよふすなど咄してきかしたい。
まだに少しハきづかいもする。
かしこ。
しもまちのまめそふも、もをこわれハせんかへ
けんごなりや、なををかしい。

※写真はレプリカです。

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