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坂本龍馬の群像を追いかけるサイト。幕末の英雄、坂本龍馬のゆかりの地や、名言、歴史について追っていきます。

近江屋跡(坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑)

time 2016/06/05

近江屋跡(坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑)

坂本龍馬が暗殺された近江屋の跡地。
現在は、コンビニなっている地に石碑が建てられている。

この石碑は、昭和2年に京都市教育委員会によって建てられたもので、
筆者が初めて訪れたときは、まだ不動産屋だった記憶がある。

京都の繁華街の四条河原町の中心にあるため、知らないと通り過ぎてしまいがちだったが、龍馬伝放送以降、整備されて石碑だけでなく解説立て札や作ができたためか、多少足を止める人が増えた。

ファンの方であれば、ぜひ、護国神社、土佐藩邸跡、近江屋、酢屋、池田屋、長州藩邸跡と歩いてめぐっていただきたい。
さほど距離がないことに驚くだろう。

近江屋跡(坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑)へのアクセス

〒604-8033 京都府京都市、中京区奈良屋町297

阪急京都本線 河原町(京都府)駅 4番口 徒歩4分
京阪本線 祇園四条駅 4番出口 徒歩7分
市バス四条河原町下車徒歩3分 京都駅からなら5番系統や205番系統

龍馬暗殺について

龍馬が暗殺されたのは、慶応3年(1867)11月15日の夜のこと。
実行犯・黒幕には諸説あるが、現在は京都見廻組説の実行犯が有力とされている。

龍馬はこの日、風邪をひいてしまい、醤油蔵から近江屋の母屋の2階に移動して、
中岡慎太郎と富に温かい軍鶏鍋を食べたいと思い、小者の峰吉に使いをやった。

その間に数人の男が階段を上り、防戦する暇を与えず、龍馬の額を
一刀両断した。

後日の中岡談によると、
龍馬は中岡を偽名で呼べるほど、意識がはっきりしていたが、
最初の一刀が脳に到達していたため、その場で絶命したとのこと。

中岡も2日後には、亡くなった。

詳しい諸説は今後記載する予定なので、楽しみにしていただきたい。

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