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坂本龍馬の誕生日は? 命日と同じ日?

time 2018/01/16

坂本龍馬の誕生日は? 命日と同じ日?

坂本龍馬の誕生日は? 命日と同じ日?

坂本龍馬の誕生日は、天保6年(1836年)11月15日とされており、命日は慶応3年(1867年)11月15日です。
11月15日は、誕生日でもあり、命日でもあるとされています。

現在でも毎年11月15日には、高知の誕生日の地では誕生祭、京都のお墓の前では供養の龍馬祭が行われています。
その際にろうそくに灯が灯されるのですが、実はどちらも同じ火が使われているのです! 
午前中に高知、夕方に京都に届きます。

同じ11月15日に生まれ、死を迎えるなんて、ちょっと運命を感じますよね。
さて、ここからはがっかりするお話です。

この説は正しくもあり、間違いでもあります。
また、実は龍馬の誕生日には諸説あるため、正しいとも言い切れません。

1,龍馬の誕生日を新暦に直すと…

11月15日というのはあくまで、旧暦の日付です。
龍馬が誕生日の天保6年11月15日は、1836年1月3日。
亡くった慶応3年11月15日は、1867年12月10日となります。

つまり、今の価値観に直してしまうと日付がずれてしまうのですね。

2、龍馬の誕生日は諸説ある!?

実は坂本龍馬の誕生日には諸説あります。
1、10月15日説
2、11月10日説
3、11月15日説

理由としては、現在のように戸籍を登録する制度がなく、
きちんとした記録が龍馬の出生記録が残っていません。

1,10月15日説

10月15日の記載があるのは、以下の書物です。

『汗血千里駒』(坂崎紫瀾:1883年(明治16年))
『阪本龍馬』(弘松宣枝:1896年(明治29年))
『勤王烈士伝』(萩原正太郎…1906年(明治39年))

2,11月10日説

『維新土佐勤王史』(瑞山会、坂崎紫瀾:大正元年)

3,11月15日説

『坂本龍馬』(千頭清臣:1914年(大正3年))
『千里駒後日譚』1899年(明治32年)11月4、5、7~10日

なぜ、11月15日となっているのでしょうか?

『汗血千里駒』、『維新土佐勤王史』で同じ著者、坂崎紫瀾が関わっています。
しかし、記載されている誕生日は同じではないため1と2の説は信憑性がありません。

『千里駒後日譚』(明治32年11月「土陽新聞」六回にわたり連載)でお龍は次のように語っています。
龍馬の生れた日ですか、天保六年の11月15日で、丁度斬られた月日(慶応3年11月15日)と一緒だと聞ひて居るのですが書物には10月とあります、
どちらが真だか分かりませぬ。

ここで挙げられている「書物」とは『汗血千里駒』か『阪本龍馬』を指すといわれています。
しかし先ほど述べたように、『汗血千里駒』、『維新土佐勤王史』の信憑性が欠けるのであれば、お龍の言う、十一月十五日がもっとも信憑性が高いのです。
また、「十月十五日」、「十一月十日」は文字が脱落した誤記、あるいは誤植の可能性もあるとはいえないでしょうか。
以上のことから私は11月15日であると考えられます。

なにより、同じ日生まれ、同じ日死んでいく・・・
それってステキなことじゃないですか?

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